日本現代詩人会 詩投稿作品 第39期(2025年10月―12月)入選作・佳作・選評発表!!
厳正なる選考の結果、入選作は以下のように決定いたしました。
伊武トーマ選
【入選】
三明十種「血と骨と土と」
姜運「新大久保にて」
岡久生「蟹」
モロッコひろみ「プラスチックの棺」
緒方水花里「義父テッド」
【佳作】
渡部嘉子「棘」
春日野あやめ「さいごの よーぐると」
小川かこ「waterfront」
嶋田隆之「勇者は帰る」
滝本政博「四百万回の殴打」
橘麻巳子選
【入選】
小倉俊太朗「怪獣」
横山信幸「と、」
若宮新菜「かく」
【佳作】
永井雨「電柱」
三明十種「血と骨と土と」
根本紫苑選
【入選】
松橋りい奈「記憶」
雨音「それは」
森林みどり「銃」
【佳作】
扇野正人「糸の皮膚」
春日野あやめ「さいごの よーぐると」
元山希望「祈り」
投稿数:682 投稿者数:419
沢山のご投稿ありがとうございました。
引き続き、皆様のご参加をお待ちしています。
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三明十種「血と骨と土と」
自宅の庭に埋まつてゐる
大小歪な石灰質の塊は
朝に降る雨のたびに
庭土に溶け出し
骨の髄まで沁みわたる
脈々と続く
同じ造りの扁平な顔
同じ訛りの同じ土地で
日はまた昇り
啖壺ひつくり返して鉢を置き
其の鉢にはびつしり三色菫を植える
壁は白ペンキで塗りたくり
屋根は紺碧に拵えて
嘸かし幸福な家に見えてたであらう
私の家族は
えにしを喰らつて生きてゐた
この土地ではこうならざるを得ない
啖壺の上の三色菫は遂には一色となり
いつしか風息に拐われて
土に還つてしまう
いつしか壁も屋根も剥がされて
骨を晒してしまう
癇癪起こして暴れる父の仔の私
妹の筆箱のキキとララが
泣いてる。
一区画先の国道を
生コン車が行き交えば
血が
骨が
土が
震える。
姜運「新大久保にて」
にんにくを
玉でいくつもいくつも食べた
今は笑っている人の前で
手渡した人は
責任をとらなくていい
たとえ唐突だったとしても
うらむはずなんてないし
どんな記憶も分けていいのだと
光の電車が教えてくれた
送る側の準備が整うまで
車輪は 音もなく待っている
忘れないままで
半分ずつ運んでいけるように
目配せをしよう ときどき
手はつながなくていいから
傾かせていいから
途中で止まっていいから
それがきりのいい場所なら
手渡した人が決めていいんだから
橋をかける
ここからは私ひとりで
大丈夫
二度語らせることはしないよ
岡 久生「蟹」
海沿いの街道 小さな鮮魚店
角を曲がり 坂を上り
こんな家にも 蟹はやって来る
井戸端に身を潜める
窓に灯がともり ひそやかな話し声
お父さん 遅いね
丸い卓袱台に 夕餉の膳は整い
おじいさん お母さん 子ども
子ども用の 小さな魚の煮付け
坂下の鮮魚店で買った
数年先に
お父さんが脳の病で亡くなることは
誰も知らない 夕方のひととき
澄んだ夜空 海面に月影
坂を上って 町から帰ってくる 人影
軒の庇 縁側 飛び石 龍の鬚
波の音が聞こえる 風に乗って
一瞬 甲羅を冷たく光らせて
蟹は茂みに身を隠した
モロッコひろみ「プラスチックの棺」
ぼくたちは保存することに憑かれている
ポリエチレンの半透明な棺には
昨日愛したはずの有機物が
色を失って横たわる
腐敗の拒絶は
時間への抵抗だ
この白い箱の内部だけで
時計の針は凍てつき
送風口から吹き下ろす冷気は
生と死の境界を曖昧にする温度
手をかざせば
指先からプラスチックへ変質していく錯覚
おそらくぼくも
誰かの巨大な冷蔵庫の中で
ラップに包まれたまま
出番を待つ肉塊なのだろう
扉を閉める
磁石が吸い付き
世界がカチリと
密閉される音がした
緒方 水花里「義父テッド」
それは神様からの素晴らしい贈り物 父なる神に継ぐ第二の父
神父様は僕らを見捨てなかった「従順ほど羊水から水揚げですので」
少年少女ギフテッド やっぱり僕らは受身形なんだね
臍の緒にギ態する釣り針 胎児達(さかな)には痛覚がないので次々と
産み出そう不在を欠損を軋轢を親のいない子供達を愛を!
わざわざコインロッカーに
神様は何処にでも立っているトー横に港区に電車の角囲い込む先に
それは神様からの素晴らしい才能誰とでも性的行為出来る義父と
少女達は買われる飼われる やっぱりうちらも受け身形なんだね
誰だってホ別イチゴでパパになれる足長パトロン或いは契り
「実父erの腹を裂き飛び出すピエロ首と握手しろ」
だってギフトにはお返しが憑き物 また柵の中に戻りたいの?
スマホ一つ使えない
部屋干しの下着泥棒が捕まらない風呂のドアが間違えたと喋り開く
私はピエロの赤鼻を握らされる 血がぶじゅぶじゅとぶじゅぶじゅ
蝶番(はい)で息が出来ない
第一の竹刀はもうない 私は掬われたはずなのに
ギギギ痛いよここにいたいよ いたかっただけ傷フテッド
義父のいない
みのるは臍の緒をきちんと首に巻けたドアノブに引っ掛けて
遺書ではなく詩だった まだ乾き切っていない手首の技戯犠(きしむ)、正義
肉臭ワンルームの底辺を突き切り巨大な右手のゲルニカが聳え立つ
それは天からの才能脳の傾く羊達は傾斜で不在をまな痛的に滑らせ
不在と不在をパズルし一本の化獣物(ばけもの) その右手で自らJigsawを握る
言葉を知らぬ変わりにバベルの塔を建て続けられる宗太は喜んだ
(ぼくはもう泳がなくても良い)
柵の中一人だけ工具を借りられるのは勿論神父様との約束で触覚
手話は魚
(父は、私が自分の命を捨てるから私を愛して下さるのである。が
命を捨てるのはそれを再び得るためである)
「羊達は蘇る」
それは神様からの素晴らしい贈り物 マリアはギフトを流産した
Long live! 助けてを殺した母親の喘ぎ声を幽霊化する才能は
遂にヘッドフォンを外した! 4番シートスタンバイ宜しく!
離陸待機室から次々呼ばれる少女達の偽名ファンファーレシャワー未誕生日おめでとう! 釣り針と未来の痛覚を見抜く高IQ 高視力
排水溝にテイッシュに魚(ウォ)shedに流し斬れ3億個のギフト舐める尾棘
イチゴちゃんの本名を知らないだって真名を知られると死ぬから
天じて名前が複数あるから死ねずに蘇るのだってめっちゃ天才!
苗字を源氏名をHNを変えて少年少女唄えキラーソプラノ
阿部マリア!
Think out of the boxという箱hell
なっちゃんが義足で飛び降りる瞬間天ギフを屋上から撒き餌する
全て飛ぶ釣り針! パンツと金に眩むパパ活達の目をキラキラ潰す
羊達は沈黙しない目目んと森目愛ん灯 死界忘れぬ才能が鳴く
臍の緒のあみだくじの先 命にはずれはないという幻想
Jigsawで解体せよ
全てのザビエルの禿頭を塗り潰せ!
この右手はトイザらスじゃ買えないうちらは物(ギフト)じゃないお返しだ
ペンはペニスと似て涙が出るか出ないもう黒い血に変わった血(インク)で
黙示録(アポカリプシュ)は私が書く消魂しい生詩と羊護施設の偽態
贈られたくなかったけどだからこそ出来る能動 神父殺し
綺麗な包み神をばり針破り散らし羽ばたく蝶番
私達の私達による素晴らしい義父とギフト みのるの右腕
少年少女ウィルギフト
小倉俊太朗「怪獣」
私は怪獣である
私は大きい 私は怖い
私の足は
田園都市線の駅の一区間ほどあって
街を一つ破壊するなんて
簡単だ
少しリズムに乗れば良い
タンタタン ト タッタタン
タンタタン ト タッタタン
街が瓦礫に 文化が屑に
タンタタン ト タッタタン
タンタタン ト タッタタン
声が喘ぎに 鼓動が土に……
しかし
私にだって美学がある
ミミズの蠕動のような音楽で
体を揺らしてなるものか
ニヒリストの演説のような詩で
街を壊してやるものか
(良い)音楽があった
その一音目に心を掴まれ
体が勝手に踊り出す
私は怪獣
音に詩に全身を奪われ
手足は優美な曲線を描く
音楽はやがて終わり
官能から覚めると
目に入るのは
街の残骸
音楽屋さんも
死んでしまった
悲しい
良い音楽を求めて
他の街に移動する
良い音楽があれば
街と音楽屋さんは失われ
悪い音楽しかなかったら
なんだか無性に腹が立って
抑えきれなくなって、
本当なら良い音楽が聞けたはずなのに
良い音楽が聞けたはずのひとときを
悪い音楽に奪われてしまった! ってなって
やっぱり街を破壊する
そして音楽屋さんも死ぬ
(悲しい)
私は怪獣である
私は大きい 私は怖い
今日も良い音楽を探している
次は
どこへ行こう
横山信幸「と、」
きみに会いたいのではなく
きみと 会いたいのです
立春の疏水にゆらぐ紺の薄明を
きみに見せたいのではなく
きみと 見たいのです
隣で騒ぐバカ犬の声を
きみに聞かせないでいたいのではなく
きみと 閉口したいのです
そして
庭のあんずで拵えたジャムを
きみと 盗み食いしたいのです
きみが倒れてから
ずいぶんと溜まった埃の
大掃除の香にまみれながら
「ちょっとはましになったけど
まだまだだね」
と きみと残念がりたいのです
いつか言葉を取り戻したきみと
あの古い映画を観て
「バッドエンドだね」
「そうかなあ、ハッピーエンドだよ」
と 小突き合いたいのです
いいえ、しかし、違うのです
きみと会いたいのだけれど
小突き合いたいのだけれど
ぼくは
「きみと」が きみを一人 ぽつんと
させてしまう言葉だということを、
だから ぼくの手が求めるのは
「きみと」ではなく
その もっとずっと向こうの
「きみと、」だということを、
でも、
そう言ったとしても、その
「きみと、」さえ
捕まえられないことを、
そして そのせいで
爪が白む思いを
しなければならないことも、
それでも なのです
それでも、 ぼくは
ここにいる きみと、
いま 会いたいのです
若宮新菜「かく」
牛脂たっぷりのショートケーキ
腕をかく
蜂蜜がふんだんにかかったカヌレ
頬をかく
砂糖とチョコをまぶしたドーナツ
太ももをかく
ひとかき、
欲しがりの熱は止まることを知らず
ふたかき、
胸の内の苦味を包み込んでくれる甘さを求めている
上手くいかない今日に疑問を抱き
頭をかく
肌寒くなってきた学校に入っては
恥をかく
黒板の前で握らされたチョークは震え
べそをかく
悔し涙の分だけ甘いものを求める
欲をかく
ひとかき、
私の体が再生をやめて壊死するまで
ふたかき、
ひたすら掻きむしっている今日この頃
ひとかき、
欲しがりの熱は止まることを知らず
ふたかき、
胸の内の苦味を包み込んでくれる甘さを求めている
松橋りい奈「記憶」
母、が、山奥にわたくしと、わたくしの死体と、入っていき、深い深い穴を母ひとりきりで掘り、水を一口ふくみ、綺麗に冷たい身体をたたみ、淡々とうずめ、水を一口ふくみ、また、土をかけて、手を、パチン、と叩くと、車の鍵をとりだす、その様を、わたくしは、ひとり、ぼうっと、知らない人の葬式かのように、見ているだけでした。母は静かで百合のような美しい顔に薄気味の悪い微笑をたたえて、わたくしをその恍惚に潤ませた細い瞳でじっと射抜くと、みずからの白く滑らかな肌にまたみずからで爪を立て、次第に力を込め、母の肌の内に、皮と肉の内に、細胞の内と内に、それを食い込ませ、するとあまりに奥ゆかしくつややかな鮮血、が、ゆっくりと溢れ、母の鼻唇溝を、したたり、つたいました。ああ母は皺が寄るほど老いていたのだ、とわたくしは気づきました。わたくしは、幼い、遠い、溺れた記憶を、蜻蛉が浅瀬でわたくしをせせら笑い、足は甌穴、壺に絡み抱かれ、臓器を水が侵し、川底の無愛想な岩盤に膝を抉られ、滲むわたくしも飲まれ、肢体がもげるほどの苦しみ、しんと、冷たい、冷たい、水によって産まれたときに似ている、ついぞ殺されようというおぞましい記憶を思い出しました。そうして、瞼を閉じました。ああ彼女はわたくしの母であり、わたくしの敬愛なのだと。わたくしの半身、わたくしの誠実であり、わたくしの嫌悪である、わたくしを子宮からおろした女、わたくしの女なのだと、うっとりとその充足と目眩に酔いました。湿った土と、ほのかに鉄の匂いがしました。月の光が母にかかる、いっとうよい夜でした。
雨音「それは」
それは
それを見ましたか、と誰かが言う
見ました見ました、と誰かが答える
ええ私も、と別の誰かが答える
私には、それが何だかわからない
でも曖昧に笑って
そうですね、と
わかったような返事をする
そして話は終わる
でも毎日同じやりとりが繰り返される
私にだけ、それが何だがわからない
皆は確信を持って笑っている
私の曖昧さだけが日ごと深まっていく
それは私に近づいたり遠ざかったり
でも決して正体は明かさない
ある日突然それが家にやってきて
見えないけれどそうだとわかって
放っておいたら部屋に居座って
でもやっぱり
私には、それが何だがわからない
いつの間にか
それと暮らして一年が過ぎ
三年が過ぎ、五年が過ぎ、十年が過ぎ
でもやっぱり
私には、それが何だがわからない
それを見ましたか、と相変わらず
誰かの無意味な問いが繰り返される
見ました見ました
ええ私も
誰かが無意味に答えて
誰かが確信的に微笑む
見るどころか一緒に暮らしていますよ
私は言いたいのを堪えて
ただ曖昧に微笑む
「それ」もたぶん曖昧に笑って
自分は本当に存在しているのかと
訝しんでいるのではないかしら
そんなことを考えながら
森林みどり「銃」
スーパーで銀色の銃を買った
店員が氷を敷いてくれたので
銃は冷たい銃身に鱗を光らせて黙っていた
店員が使い方を教えてくれた
弾をこめたまま銃を落とすと暴発します
店員が実演すると 弾は私の横を勢いよく通過し
スーパーのアルミの扉に 小さな穴を空けた
帰り道 発泡スチロールの中で
氷漬けにされた銀色の銃は
こころもち銃口が大きくなっていた
なぜ銃など買ったのか 思い出せなかった
特売だったのだろうか
家に帰ると 子どもたちが遊んでいた
積み木 ブロック ジグソーパズル
投げ出した足下にはスノードーム
雪はやんで 町は静かに眠っていた
むかし 骨董品店の陳列棚から
左右の手に ふたつのスノードームを取って
雪の降るのをたしかめていたら
カチャンと音がして
スノードームは粉々に割れてしまった
私のスカートに 雪がべたべたとくっついた
驚いた私を両親が叱り 店員が叱り
両親が弁償して 私は車に乗せられた
そのときも 雪はまだ手にくっついていた
私は発泡スチロールから
銀色の銃を取り出す
溶けた氷に濡れた銃身は
鋭く光りながら渦を巻いていた
銃口はこれ以上黒くなれないほど黒く
熱くなり 生臭い匂いを発しはじめた
子どもたちが 遊ぶのをやめてみていた
消えてしまった雪の町に向けて
私はゆっくりと引き金をひく
銃が身をくねらせ 唸り声をたてる
これは暴発ではなかった
ふたつの町が元に戻り
私のスノードームに しんしんと雪が降り始める
私は息を殺して それを待った
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■伊武トーマ選評(39期全体)
期ごと投稿される皆様の熱量が増大していくのを感じました。「これだけ詩を書く人がいらっしゃるのだ!」とうれしくなると同時に、多様な作品に触れさせていただきありがとうございました。今期の入選と佳作についての選評は以下のとおりですが、全体としては、閉塞感が漂うこの世界と個として言葉で対峙する、そんな作品が増えて来ているように感じます。詩は個を映す鏡であるなら、この時代にもう一度〝詩人〟を見つめ直す、いい機会であるかもしれません… 選外となりましたが、洗練された和製ラップを聴いているようなグルーブ感がある入間しゅかさんの「左利きのキャベツ」、上質なブリティッシュ・フォークを連想させる根尾覚さんの「きみがスピッツを聴かない日には」ダイレクトに歌が伝わってくるような作品が良かったです。
【入選】
■ 三明十種「血と骨と土と」
三明さん特有のざっくりとした触感がある言葉によって、〝血と骨と土〟饐えた臭いが鼻腔を突き、つらく厳しい臭痕が爪を立てながら血管をめぐり、激情の赤い雨が胸を濡らしました。
■ 姜運「新大久保にて」
哲学的ではなく一般的な意味で脱構築化を図っているようですが、連と連がシンクロすることで新たなパースペクティブが生起しているのに驚嘆しました。現象を観察して解体、解体したピースを再構成しながら、現象を再現しているかのような知的作品です。
■ 岡久生「蟹」
静かで控えめ、まるで日記の断片のような作品ですが、巧みな構成力ゆえ強い作品。蟹が、読んでいる私の胸の闇をくすぐり、すっと胸の奥に身を隠したような… そんな実感を抱いた秀作です。
■ モロッコひろみ「プラスチックの棺」
とてもスケールが大きいサイバーパンク的世界観。「正午の吃水」も良かったのですが、よりミニマルで具体感のある方を入選にしました。世界を広げながらも、常に肉体へと収束する臨場感がリアリティを生んでいます。
■ 緒方水花里「義父テッド」
〝詩を書く〟という行為そのものが作品となっています。草間彌生の水玉のように、磁場を共有しながら無限増殖する言葉たち… 作品は、詩人の行為の痕跡に過ぎないとしても、それを常に〝現在形〟として表出させようとする果敢な試み、言語による先端芸術。新時代の地平を切り拓くことを期待しています。
【佳作】
■ 渡部嘉子「棘」
簡潔な表現でありながら、行間の響きが奥深く、わたしとあなた、主体と客体が、いつの間にか入れ替わっている… その光と闇に、作者の強い実在を感じます。
■ 春日野あやめ 「さいごの よーぐると」
前回、佳作の際〝ことばのちぎり絵〟と喩えましたが、途切れ途切れの息を吐き出すかのような言葉、絵画でいえばタッチといったところでしょうか… ひらがな表記による辿々しいタッチが、見事、悲しみと憎しみ、相反する静寂と白熱を定着させています。
■ 小川かこ「waterfront」
カットアップの手法でパースが立ち上がり、得体の知れない奥行きが広がります。画家が色彩を響き合わせるように、言葉のエッジが際立っているのは、入選の緒方さんの作品とは真逆に、言葉が刻まれる白紙の頁… いい意味で二次元にこだわっているからでしょうか。
■ 嶋田隆之 「勇者は帰る」
受験を目指す若者たちへのエール。憂いながらも遠くから微笑みかけるあたたかい眼差しがダイレクトに言葉となり、夜遅く帰宅する受験生の姿が、ネオンに浮かび上がるかのようです… 言葉でささっとスケッチする描写力ゆえ臨場感があり、強く印象に残りました。
■ 滝本政博「四百万回の殴打」
オーソドックスな詩型では抜きん出ていました。リフレインも五感に訴えかける力があり、完成度も高かったです。読んでいてリフレインに泣き濡れましたが、実験的な作品を中心に選考した結果、佳作としました。
橘麻巳子選評
□総評
詩は、必ずしも意味まで最短距離を取るわけではないと思う。音の響き、字面、仮名や漢字のカーブ、空間の取り方、そうしたところにも書くということの面白味はある。
現代の私たちは、常に他者のことばでの「言語化への誘惑」に晒されている。共通言語、カテゴライズ、ある種のパワーワード。詩は、おそらくそのような思考停止に繋がる判断を伴う言語化からは、抜け出たところにあるのではないか。
「想像力は存分に、言葉はギリギリに」とは芸術家・篠田桃紅の随筆からの引用だが、最後にこれを投稿者の皆様に贈りたいと思う。
【入選】(3篇)
■小倉俊太朗 『怪獣』
思考とは多くの場合、人間に宿るとされている。単なる発想の逆転だけでなく、この作品の印象的なところは、語り口のたどたどしさだ。そしてこの怪獣は俯瞰視点で物事を考える。「私は怪獣である/私は大きい 私は怖い」。従来、思考ましてや破壊の意図なんて無いだろうと思われていた怪獣が、まるで〈ヒト〉のように動く。しかも、人間のように音楽に乗って。良い音楽があっても、悪い音楽があっても、街は破壊される。「そして音楽屋さんも死ぬ」「(悲しい)」。
二度目の「音楽屋さんも死ぬ」に集約されて語られる死はとりつく島も無く、笑いながら泣きそうになってしまうのだった。
■横山信幸『と、』
と、は等位接続詞であり、それに続くことばと対峙させられる。「「きみと」が きみを一人 ぽつんと/させてしまう言葉だということを、」という箇所を読んだ時、と、というのは自力で存在できる同士を繋ぐという限定された意味で考えていたかもしれない、と思った。はっとさせられた。「きみを、」と読点を付けることで、「きみ」を守るように厚みを帯びた距離や、連なる時の流れへの祈りが加わるような気がする。
ひとつの文字から詩を感じる、というまたと無い経験をさせてもらった作品だった。
■若宮新菜『かく』
欲望は、代替のものでは満たされない。
「上手くいかない今日に……」から「悔し涙の……」までの畳みかけるようなリズムが楽しく、書き方によっては悲痛にも見える心情のレイヤーを軽やかに昇華している。
良くないとわかっていてもしてしまうこと、それはまさに一人で保つ「胸の内の苦味」であり、その潔い自己の完結を好ましく思った。
【佳作】(2篇)
■永井雨 『電柱』
世界内で同時に起こっている事象を、空白や文字の配列のアイデアによって上手く表した作品だった。前回同様、遊び心が良い。「あなたは焦っている/あなたは有限だから/有限性を持て余している」という三行に心惹かれた。
■三明十種 『血と骨と土と』
これまでの作者の作品の中で、今回特に、涸れるような孤独を感じさせた。また、切り詰めたことばの中で、個人という括りに留まらない多視点からの語りを評価したい。
■根本紫苑選評
【入選】
松橋りい奈「記憶」
この詩が一番良かったかといえば、そうでもないかもしれない。「、」の多用は気になるし、それなら行分けにしたほうが良かったのかもしれないが、そうなると、この荒々しいドライブ感はなくなってしまう。そう、この作品は記憶のかけらを、言葉を、たたみつけている。きれいにまとめようとしていない。なぜ?
母親という存在は子どもにとってどんなものなのか。母ほど、生と死の狭間に存在するものは他にいないかもしれない。そして、私たちもまた、母になり、生と死の境界線に立たされる。
雨音「それは」
「それを見ましたか」という問いに、みんなが見たと答えている中、それが何なのかも知らないまま、「そうですね」と答えて曖昧に笑ってしまう。作者は最後まで「それ」の正体を明かさないまま終わらせる。しかも、「それ」自身が「自分は本当に存在しているのかと/訝しんでいるのではないかしら」と考えることで締めくくっている。「それ」とはなにか?あなたはそれを見ましたか?を、読者も考えざるを得ない。その問いかけが良いと思う。おそらく、「それ」は、みんなが存在すると信じている、または信じたい何か(愛や正義、真実、物事の正解など)ではないかと思うが、答えは分からない。分からなくても良い気がする。
森林みどり「銃」
なぜか、スーパーで銃を買ってきた。鮮魚コーナの何かが銃を思わせたのかもしれない。「私」は、むかし壊してしまった2つのスノードームの町にまた雪を降らせるために、引き金を引く。「私のスノードームに しんしんと雪が降り始める/私は息を殺して それを待った」この、いかにもクリスマスの日らしい静寂で平和な結末を迎えるために、「私」は生臭い匂いを放つ暴力性に訴えるしかなかったのかもしれない。銃のイメージがあまりにも強くて、せめてタイトルを少々ぼかしたほうが良いのではないかと思った。
【佳作】
扇野正人「糸の皮膚」
残された家族は、残された物に出会う。故人が生前に大事にしていたものだろうが、そうでない、何気ないものであろうが、それは家族にとっては大切な思い出の品である。特に、故人が着て、触れていた洋服などは、体温と体の輪郭を、あたたかい丸みを、今も覚えているはずの洋服は、なかなか捨てられないものである。話者は、妹のシャツに腕を通して妹を思う。そして、彼女はまだここにいると、思い出は忘れないと、言い聞かせる。1連と2連が気に入ったが、もう少し、推敲をしても良いかもしれない。
春日野あやめ「さいごの よーぐると」
毎週土曜日に届く、おかあさんのよーぐるととわたしのぎゅうにゅう。その日もよーぐるととぎゅうにゅうがいつもどおり届いて、まだつめたいままなのに、おかあさんはもういない。よーぐるとをのみほしてから、わたしは電話をかけ、「つぎのどようびからは/ぎゅうにゅうだけでおねがいします」と伝える。おかあさんの不在をひらがなだけを使い、やさしく淡々と語っている。この淡々とした語り方ができるまで、なかなか電話ができず、何本ものよーぐるとをのみほしたのかもしれない。冷蔵庫には未だによーぐるとが残っているのかもしれない。娘と一緒に声に出して読ませていただきました。
元山希望「祈り」
「やさぐれた希望を売りたいの/子どもの絵本に少しだけ、汚れた春を/差し込んで」この1連が好きだ。希望などない世界。でも大人は子どもに嘘をつく。本当のことを教えない。神様だって、人が広い宇宙のことなんか気にせずに暮らせるように、どこへもたどり着けないことを知らなくするために、星を丸く作ったのだ。この作品の話者は、何も知らなかった、無垢だった過去に嫌気がさしている。どうして大人は隠しているの?もっと教えればいいのに、と思っている。しかし、きっといつかは、希望はあるんだよ、頑張ってね、失敗して良いんだよ、と言いたくなるかもしれない。そう、信じたくなるかもしれない。












